2010年09月18日

ブックレビュー:父は、特攻を命じた兵士だった―人間爆弾「桜花」とともに


父は、特攻を命じた兵士だった。――人間爆弾「桜花」とともに

父は、特攻を命じた兵士だった。――人間爆弾「桜花」とともに

  • 作者: 小林 照幸
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/07/22
  • メディア: 単行本



内容(「BOOK」データベースより):
父・林富士夫は、日本帝国海軍の特攻部隊、神雷部隊に所属していた―。生きて帰らぬ特攻出撃へ、隊員から出撃者を選び、その名を黒板に書き出した分隊長であった父。部下たちを見送り、生き残った自ら。生き残った辛さに苛まれ、一年三六五日のすべてを慰霊の日と心に刻んで過ごしたその後の日々―。戦後、あたり前のようにあった普通の家族が背負っていた、もう一つの物語。

『きけ わだつみのこえ』のように、戦没者の遺書などを纏めたものは何度か読んだことがあったのですが、特攻を"命じた"―そして、自身は生き残った―人の人生について考えたことはありませんでした。
未来ある若者を人間爆弾「桜花」に乗せ、その命を戦場に散らせた張本人。林さんは戦時中、自分がまず特攻として出撃したいと考えていたそうです。自分の命と引き換えに、敵の戦艦にダメージを与えられるなら、ぜひともやってやろうという考えをお持ちだったと。けれど、逆に他の仲間たちを戦場に送り出す側になり、意を決して死に向かう仲間の背中を見ながら、自分にあれだけの度胸があるのかと自問するようになっていったのだそうです。そして、最終的には生き残って半世紀を生きた。戦争が終わった後、林さんは自分の子どもたちに「俺は、鉛筆一本で命を奪ったんだ」と言ってきたといいます。考えるまもなく短い命を終えるしかなかった者、生きて考える時間があったばかりに死ぬまで苦しむ者。前者の悲劇性にスポットライトが当てられやすい一方で、後者はあまり語られることはありません。けれど、その苦しみはどれほどかと思うと、とても胸が痛みました。

追悼式で、林さんは次のような言葉を述べています。
皆さんは誰の為に死のうと決意したのでしょう。親兄弟や愛する人との思愛のきずなを断ち切るとき、何をもって自らを納得させたのでしょう。突っ込んでも突っ込んでも戦況は少しも好転しないあの絶望的な状況の下で、最低限何を願ったことでしょう。途中、敵の戦闘機に捕まったとき、何を叫び、何を祈ったことでしょう。

これはきっと、林さんが自分の思い出の中にいる死んでしまった仲間にずっと問いかけていることなんだろうと思いました。そうやって、苦しんできたんだなぁと。

気象庁が桜の開花宣言に使う靖国神社の桜の木は、「桜花」の生き残った兵士たちが献木したものなんだそうです。それは、仲間が「靖国神社で会おう」と言って飛び立っていったからなんだそうです。
美しい桜の陰に、戦争で生き残った人の哀しい思いが込められている。
これから、開花宣言を聞くたびに、この本のことを思い出しそうです。


posted by かずみ at 20:11| Comment(0) | レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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